Akko acoakko
re-create box

acoakko re-create box

akkoより

ものをただ作るのではなく、もの作りの在り方を再考し、リ・クリエイトすることによって新たな発想が生まれ、その先にはたくさんの出会いがある。2013年のグッズ制作で学んだことでした。
私はこの地球に住みながら、いろいろなものを与えられていると感じます。
だからお礼に、地球に何かをプレゼントを!というわけにはいかないので、出来る限り環境に配慮したもの作りに、これからも真剣に取り組んでいきたいと思います。
そしてその先にある、素敵な出会いを願って。。

acoakko official goods

東北花咲かお母さん

viri-dari

第1回 笑顔の連鎖の始まり

第1回 笑顔の連鎖の始まり

9月初旬都内某所、マイラバチームメンバーが全員集まり、とあるミーティングが行われました。
毎年恒例となっているacoakkoコンサートグッズ作成のための企画ミーティング。
akkoさんは前から、歌を届けることと一緒で、グッズにも想いをこめて、ファンの皆さまへ”良いモノ”を届けたいと話をしていました。
以前から、コンサートグッズにオーガニックコットンを使用してきましたが、更により良いものをということから、3年前からオーガニックコットンを”使う”ことをスタンダードとしているカジュアルブランド”VIRI-DARI deserta”の渡邉俊介さんとコラボグッズ作成を始めました。そこから徐々にakkoさんの想いがアイテムへと込められていきました。
それは、akkoさんが日々日常でいつも意識している、環境問題や、社会的貢献への取り組みのスタートであり、環境に配慮したモノづくりへの想いであり、少しでも人々の役に立ちたいと想う気持ちからくることでした。

第1回 笑顔の連鎖の始まり

この日の打ち合わせで、いくつか出ていたグッズのアイデアをまとめていたとき、俊介さんから、”東北でモノづくりをしてみない?”とakkoさんへ話がありました。そこで出た話は、東北コットンプロジェクトのことや、フェリシモがやっている東北お母さん花咲かプロジェクトのことでした。この話をきっかけに、akkoさんの中でいろいろな事がリングの様に繋がってきました。そしてakkoさんからすぐに、”東北でモノづくりが出来るのなら、野田村ではできないかな?”と提案がありました。
元々、ap bankで野田村とは繋がりがあったらしく、akkoさんには思い入れのある場所だったのです。
その野田村も2011年の震災にて甚大な被害をうけることになりました。akkoさんは震災直後から野田村のために、ライブをしに行ったり、野田村の図書館へ絵本を寄贈し、”贈る図書館”を作ったりと、支援活動をしていた彼女は、“是非野田村のお母さん達と”と、すぐに想ったのだと思います。acoakko野田村プロジェクトの始まりでした。

9月中旬に再度集まって行われたミーティングでは、最終どのアイテムを作成するか?、どのアイテムを野田村で作成するか?といった内容でしたが、この時点でakkoさんのなかではすべての繋がりが”輪”になっていて、どんどんとアイデアがでてきました。今回のツアータイトルにもある”GIFT”と、“繋がり輪になる”というワードがポイントとなりました。決まったアイテムは6つ。詳細は、これから徐々にご紹介していきたいと思います。

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第2回 野田村への訪問

第2回 野田村への訪問

東京での打合せを経て立ち上がった「acoakko野田村プロジェクト」。

震災後は、東北地域の避難所コミュニティーの中でボランティア団体の支援のもと、お母さん達が“刺し子”となり様々な物作りを始めていました。野田村にも同じようなお母さんコミュニティーが存在することを知っていたakkoさんは、いつか一緒に物作りをしたい!という想いをずっと持ち続けていたため、”Viri-Dari deserta”の俊介さんからの提案をきっかけに「acoakko野田村プロジェクト」が発起することになりました。この想いはリングのように、今後様々な出逢いに繫がり始めることになります。

物作りの過程は、普段は余りお見せする事のない裏側の部分ではありますが、ツアー会場でグッズを手に取ってくれる皆さんに自分の言葉で作り手さんの想いを伝えたいと、今回akkoさんは様々な場所に自分の足で出向き、想いを感じ取っていました。その過程の一部にはなりますが、「acoakko re-create box」の中で綴っていければと思います。

第2回 野田村への訪問

事前ミーティングで6アイテムを作る事までは決定し、次に何を野田村のお母さん達に作ってもらおうか?というステップに入った段階で、前回の記事でも出ていた「すべての繋がりが”輪”になる」というワードから、akkoさんから「リング=繫がり」を作り、それを入れる巾着袋を野田村のお母さん達に作ってもらおうというアイデアが出されました。

手作業ならではの細い飾りなどをお願い出来るといいのではないか、などさまざまな提案があり、今回出来上がったのは、リングを入れる「akkoからのgiftバッグ」と、「ドローストリングバッグ(大/中セット)」の閉じ口のフリンジ部分になります。ちなみにgiftバッグの紐は布で作られていて、「プレゼントだから温もりを持たせたい」というakkoさんからの想いであります。

9月末日。
早速、acoakko野田村プロジェクトが始動しました。
akkoさんと俊介さん、そして前回のお話に出ていた「東北花咲かお母さんプロジェクト」を動かしているフェリシモ児島さんと共に野田村を訪問しました。

「東北花咲かお母さんプロジェクト」とは、東北のお母さんの内職支援だけでなく、商品価格の一部を基金にし、花の種を買う資金に充て、お母さんの地元に花や緑を植えるプロジェクトです。

もともと児島さんは東北コットンプロジェクトで俊介さんと繋がっていたので、すぐにご紹介頂き、協力して下さることになりました。

第2回 野田村への訪問

現地では、akkoさんとは旧知の仲である野田村役場の貳又さんと合流し、お母さん達の元へ。

私達が訪問するという事で、朝から手作りのご飯と“まめぶ汁”(あまちゃんで有名になった久慈市の隣町ということで)を作り、歓迎してくれました。愛情がこもった手作りのご飯に、全員身体も心もホクホクになったところで打合せを始めました。お母さん達と一緒に物作りをしたいと思った経緯や、実際の流れ、イメージを共有するお話をし、結局4時間もの間、話が途切れる事なく充実した時間となりました。

お母さん達の話にも耳を傾けながら、終止なごやかな雰囲気の時間が流れていきました。私たちとお話ししているときのお母さん達は本当に楽しそうで、笑顔や笑い声の絶えない姿を見て、私たちのほうが沢山の元気をいただくこととなりました。

この訪問の際に、お母さん達の言葉でとても印象に残ったのは、
『あまさない』(標準語で、「頼まれた時に断らない」「投げ出さない」「へこたれない」「頑張り抜く」の意味)という言葉を聞いたときに、未曾有の大震災に見舞われながらも、この土地を離れずに生まれた土地で頑張抜こうとする、お母さん達の持つ力強さや、想いを感じた瞬間でした

第2回 野田村への訪問

震災直後は、避難所生活という事もあり刺し子コミュニティーも幾つかあったと聞きましたが、時が経つにつれて転々バラバラになって、刺し子をやる人も少なくなったそうです。「今回のこのプロジェクトでお話をもらって“また皆で一緒にできるんだ・・・”と思えたことが嬉しい。こんな機会を貰えて、本当に感謝していますよ。」と言っていただいたことは、私たちにとっても本当に嬉しいことでしたし、また今後も継続的に、お母さん達と一緒に物作りがしたいと強く思いました。

訪問後に、貳又さんの案内で野田村周辺を案内していただきましたが(akkoさんも震災直後に行ったライブ以来の訪問でした)瓦礫は片付いてきているものの、海側から見た野田村は、まだまだ延々と更地が広がっている、そんな風景が今でも続いていました。この土地に、今回みなさんが手に取ってくださる売上の一部で花の種が植えられます。

余談ですが、この話が出た時には絵本「はなちゃんのわらいのたね」も完成間近のタイミングでした。「野田村にたくさんの花の種を植えたい。そしてそれが何かに繋がって欲しい」と話していたakkoさんの言葉が印象的でした。

第2回 野田村への訪問

私たちがお母さん達と真剣に、だけど楽しくモノづくりをする。そこで生まれる笑顔や笑い声が、作っているモノに反映されていく。グッズがファンの皆さんに届くことで「花の種」が生まれ、皆の笑顔に繋がっていく・・・。「笑顔の連鎖」とは、こういうことなのかなと思いました。 それはakkoさんが昔から言い続けている事がぶれてないからだと確信しました。

次回は、お母さん達が作ってくれた「akkoからのgiftバッグ」に入れるリング作りを引き受けて下さった、開場さんの工房へakkoさんがお伺いした時の様子をレポートします。
開場さんとの出逢いも、想いの連鎖が繋いだものでした。

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コンサートグッズの3つ目のアイテム、“リング”。今回のグッズのメインとなるアイテムが生まれた経緯は、akkoさんがLAで購入したお気に入りの指輪からでした。
 歌も、音も、グッズも、すべて想いが繋がればいいなと思っていたakkoさんは、いつも考えていることが具体化できればいいなと思っていたのですが、実は今回のツアーグッズはなかなか思うようには決まりませんでした。ただ、確実に”GIFT”と、“繋がり輪になる”というワードは頭の中にあり、どうしようかと悩んでいた時に、ふと自分の右手の薬指を見て思いました。「私の今気にいっているものを皆に届けることはできないだろうか?」と。その瞬間にakkoさんが発した言葉が、「“指輪”は作れないかな?」でした。

10月初旬、akkoさんの意向を受けた俊介さんが、自分の仲間繋がりから、一人の男性とコンタクトを取ってくれました。東京を拠点とし、山梨に工場を持つジュエリーメーカー、有限会社オプス・ケーティー代表取締役の開場 明さんです。俊介さんが開場さんと共通の知人を介し繋がった方でしたが、俊介さん曰く「モノづくりにおいて同じニオイのする人」だったそうで、すぐにご紹介していただけることになりました。

事前に俊介さんから、akkoさんがイメージするリングの形は伝えて下さっていたので、すぐに打ち合わせをしようということになり、10月初旬にVIRI-DARI desertaの展示会場にて、皆でミーティングが行われました。この日の打合せですが、最初はakkoさんも私たちも、どこまで何が出来るかわからず、手探り状態で開場さんに話をしていきました。「特別なグッズにしたいから、個数は限定にしたい」、「自分のお気に入りに近い指輪にしたい」等々、無理な話ばかりだったかもしれません。モノづくりにおいて、小さい数での生産は難しいこともわかっていたので、出来ないかなと思っていたところ、開場さんから、「いや、出来ますよ。」と簡単に言葉が返ってきました!akkoさん、テンションアップの瞬間でした(笑)

そこから、調子に乗ったakkoさん始め私たちは(笑)、「100個限定でもできますか?」、「ツアー名と日付の刻印ってできますか?」と想いを込めて、少量ですが良いモノを、記念になるものを作りたいと伝えたところ、開場さんから「せっかくだから、シリアルナンバーも入れますか?」とのサプライズ提案が!!結局、最終的には開場さんが皆の想いを繋いでくださり、各会場別での刻印とシリアルナンバーが入ることとなり、「このモノを作るには手作業しかないですね。ただ、100個であれば、一個一個に想いを込めて作れますから、やりますよ。何千個、何万個と言われると心も折れますが(笑)」と、同じ想いの中で生産を引き受けてくださることになりました。

冒頭で俊介さんの言っていた「モノづくりにおいて同じのニオイのする人」という意味を感じる取る事ができました。大量ロットで海外での機械生産が定着した現代において、自分の指先から丁寧に物を作り出していく職人の熱い心意気や想いを感じました。

そして、いろいろと出来なかったことが出来るようになった事もあり、その素晴らしさをと、ミーティングの最後にもう一つ俊介さんからの提案がありました。「akkoさん、せっかくだから、作っている工場の見学でもさせてもらったら?」その言葉を聞き、akkoさんはすぐに「えっ!?行けるの??作っている様子を見に!?行きたいっ!!」と最初はどうなるかわからなかったakkoさんの心は晴れ、笑顔に変わっていました。後日、akkoさん人生初となる、生産工房の見学へ行く事になりました。

10月中旬。
試作品が出来上がったという連絡をいただき、akkoさんは下町にある開場さんの工房へ。

工房に到着すると、フレンチブルドックの愛犬モモちゃんが出迎えてくれて、熟練の職人さん達が数人、何かを作っていました。集中し黙々と作業をしている空気感にいささか緊張しつつ、早速、研磨の作業や、刻印を入れる工程を見せて頂く事に・・・。
akkoさんが希望していたデザインは、手で削らなければ出てこないニュアンスのものだったので、まずはその作業を見せてもらいました。想像以上の細い作業に、思わず私とakkoさんは黙りこんでしまったのですが・・・(笑)。「これを100個もやって下さるのだ。私たちはそれをきちんと届けなくちゃ!」akkoさんはすぐにそう思ったそうです。

続いて刻印を入れる機械がある部屋へ。

刻印はレーザー照射によって刻まれていきます。テキストをPCの画面上に打ち込み、リングを機械にセットします。写真にある緑の光がレーザー光線で、この光によりリングの内側に開催日程/会場名/ツアータイトル/シリアルナンバーが刻まれていきます。

リング自体がとても細いため刻まれた文字も極小なので、肉眼では少し見づらいかもしれませんが、しっかりと刻まれている印をすぐに確認しました。

目をキラキラさせながら見入っているakkoさん。
「akkoさんの今着けている指輪に、何か彫りましょうか?」

開場さんからの粋な計らいで、akkoさんのリングに「acoakko」と刻印を入れてもらうことに。
akkoさん、とても嬉しそうでした(笑)。
(ちなみにこのリングがLAで購入したという、akkoさんが今気に入っているリングです。)

最後にモモちゃんと遊んでから、工房を後に。

初めて物作りの過程を見させて頂くという経験でしたが、とてもいい時間を過ごすことができました。

今回の指輪作成ですが、想いを込めて、限定個数の生産としました。001/100から100/100の、100個の指輪が、素晴らしい形でグッズとして各会場個数限定にてお披露目となります。指輪のサイズは、akkoさんの薬指のサイズに合わせ9号に。そして100名のファンの皆様と一緒のものを記念に身に着けたいということで、akkoさんには000/100シリアルナンバーが入った、101個目の指輪が既に右手の薬指には輝いています。開場さん、想いを繋いでくださり、本当にありがとうございました!!

この経験が、次にレポートするViri-Dari desertaの生産拠点となる、三重工場への見学に繋がっていきます。
次回は、生地の製産から縫製まで一環して国内生産にこだわる現場で、akkkoさんが見た物作りの風景をお伝えします。

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第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間

さて、指輪作りでモノづくりの現場、工程を知ることとなるakkoさん。工房に行き、自分自身で観て、モノづくりの素晴らしさを感じてきました。ですが、皆さんもご存じの通り、akkoさんはアーティストです。グッズ作成ばかりしているわけではありません(笑)。実は今回のこの時期、非常にいろいろな事が重なり、大変な過密スケジュールとなってきてしまうのです・・・。
絵本の出版に向けての最終打ち合わせや、合間に入ってくるイベントや選曲、ツアーに向けての準備等々・・・。来年からの新たな準備もあり、私としては少々心苦しいところもあったのですが・・・(苦笑)、ツアーグッズ作成の最初のミーティングで、My Little Loverの見習いプロデューサーより、「今年のツアーグッズはドンと6つはほしいかなぁ」と言われてしまっており(笑)、あとの3つのアイテム作成を進めなければいけませんでした。

第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間

候補に上がっていたアイテムは3つ。ハンカチタオルと、akkoさんお気に入り型のポンチョとシャツでした。しかし、この3つはなかなか生産への条件が合わず難航し、ポンチョとシャツに関してはオーガニックコットン生地の都合上、今回は生産が不可能ということになりました(残念!)。それではまず、進められるモノからとハンカチタオルの作成に。昨年は“VIRI-DARI deserta”のハンカチタオルにオリジナルエンブロイダリーを入れたコラボハンカチタオルでしたが、今回はオリジナルの柄を表現したいとakkoさんより話がありました。そうなると柄をどのような柄にするのか・・・・、また悩みが増えました(笑)。でもakkoさんの中にはすでにイメージがあったようで、「なっちーならいい感じに描いてくれそう。」と言って、娘のなっちーに相談することに。すると次の打ち合わせ時には、想像豊かなかわいらしい絵が出来上がっていました。いくつかの絵柄を組み合わせ、一つの図案を完成させたものが、今回のハンカチタオルの柄となりました。そこにakkoさんのアイデアで、“空と植物を連想させる色”を入れることにより、今回の素敵な色柄となりました。いや~、言ってみるものですね(笑)。素敵な素敵なacoakkoオリジナル限定アイテム4アイテム目の出来上がりでした。

第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間

第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間

次にボツになった2アイテムの代わりをどうするか・・・、で悩むところでしたが、駄目だと分かったときに、akkoさんから「冬で寒いけどしばらくTシャツを作ってなかったから、まさかのTシャツ?今からでも間に合うかしら?」との提案。それを聞いた俊介さんは即答で、「だったら東北コットンで作るのはどう?」とのこと。その案にakkoさん、「えっ!!東北コットン使えるの??」と一度落ちた心が復活?!どころか、大盛り上がり(笑)。ここから、忙しい中の合間を縫って、企画ミーティングが何度か行われることとなりました。

第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間

東北コットンとは、津波により稲作等が困難になった農地で被災した農家が綿(コットン)を栽培、紡績から商品化・販売を参加各社が共同で展開する、農業から震災復興を目指すプロジェクトで育ったコットンのこと。未だ収穫量は少ない為、今回のグッズでも急遽だったので生産量に限りがありましたが、なんとかVIRI-DARIの生地を使用し、3色展開できることとなりました。
そして、不足分はレディスの限定商品として通常のオーガニックコットンを使用し、オリジナルフレンチスリーブTシャツを作ることに。akkoさんと俊介さんでプリント柄をどうしようか悩んでいましたが、akkoさんより、「今回の配信アルバムのジャケ写をプリントしたい!」と提案がありました。このプリント柄は今配信中のacoakko giftアルバムのジャケットになっているデザインで、ジャケットは俊介さんが提供してくれたオーガニックコットンの生地に刺繍をしたという、手作りのとても可愛いものなのですが、これを白黒のモノトーンに変えて、また違った形のかっこいいイメージが出来上がり、レディスオリジナルTシャツのプリントとなりました。

第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間第4回 想いのかけらたちが繋がる瞬間

東北コットンを使用したユニセックスオリジナルTシャツのプリント案は、なにかメッセージプリントにしたいとakkoさんから話がでました。akkoさんと俊介さんとで話をしていくうちに、会場別で巾着の裏にプリントしたメッセージを一つに組み合わせたもので、皆にメッセージが届くようにしようということになり、最後のプリント案も決定!!その後、何度かakkoさんに大きさや、色の濃さ等、モノづくりの細かいところまでチェックしてもらい、最後のアイテム“東北コットン/オーガニックコットン オリジナルTシャツ”も出来上がりました!!
そしてそれは、akkoさんの想いのかけらが、すべてのグッズに繋がった瞬間でもありました。

ここまでくるのに、相当細かく打ち合わせを繰り返し、すべてのアイテムの生産途中段階や出来上がりをチェックしたakkoさん。ハードなスケジュールの中でしたが、いつものことながら必ず自分でチェックをし、ファンの皆さんへ“良いモノをお届けしたい”という想いは最後まで変わらず、私たちも改めて“モノを大事にしていく”ことをモノづくりを通してakkoさんから学んでいくこととなりました。

さあ、グッズ作成も大詰めです。ハードスケジュールのピークとなる11月最終週に、最後のチェックとなる三重工場へ。3年目にして初の工場訪問でakkoさんが感じたことは?。次回 第5回 三重の工場へ に続きます!!

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第5回 三重の工場へ/前編

11月後半。。
この時期、akkoさんはいろいろなスケジュールが重なり、最も忙しいときでした。配信限定ミニアルバム「acoakko gift」のリリース、絵本「はなちゃんのわらいのたね」発売、保育園テーマソング「どれみのうた」と、ツアーグッズ製作と並行して、進めていたことが一気に世の中に飛び出すタイミングでもあり、ツアーのリハ、東京や地方でのプロモーション活動も大詰めを迎えていて、正直、本当に大忙しでした(笑)

この頃には、グッズ作成の為の打ち合わせはほとんど終わっていましたが、本番生産前の最終確認をしなければならないアイテムのチェックを最後に、納品前の細かい内容などは、メールや電話で行う事が多くなりました。そんなある日、プロモーションで名古屋へ行く事が決まっていたakkoさんへ「11月末だったら、グッズが商品として上がり始めるころだと思う。ツアーグッズを作っている工場が三重にあるから、もし名古屋や大阪の仕事の合間に時間があれば見に来ませんか?」というご提案を俊介さんから頂きました。工場は名古屋から電車で30分位の三重県四日市市にあり、プロモーション終了後に伺う事も可能だと判断したakkoさんと私は、二つ返事で「行かせていただきます!」という事で、三重工場行きが決定しました!

第5回 三重の工場へ/前編第5回 三重の工場へ/前編

10月の野田村への訪問、指輪づくりをしてくださった開場さんの工房への訪問と、akkoさんは自分の足で現場へ足を運び、そこでモノづくりの素晴しさを自分の実感として肌で感じてきました。その集大成として、今回俊介さんのご好意で、三重工場への訪問が実現しました。

第5回 三重の工場へ/前編第5回 三重の工場へ/前編

工場訪問当日、akkoさんと私は初めての縫製工場見学に、ワクワクしていました。「まず生産行程の最初として、生地を裁断している建物にいきましょう。」と、俊介さんにカッティング工場へ案内されました。1Fの扉を開けると目の前には膨大な生地のロールが積まれていました。その見た事もない光景に、akkoさんはとても驚いていました。よくよく見ると、akkoさんも私生活で愛用しているVIRI-DARI desertaの服の生地もあり、「へぇ~、生地ってこうなってて、ここからお洋服とかになっていくんだねぇ。」と、驚きながらも、様々な生地の質感と手触りを楽しんでいました。生地の説明を一通り受けたあと、2Fにある裁断場へ上がると、「いつもお世話になっております。わざわざお越しいただき、ありがとうございます。」と、工場長が私たちを笑顔で迎えてくれました。と同時に、私たちの目に飛び込んできたのは、長さが10m以上はある2台の大きな台が並んでいました。「これは延反台と言って、下にあった生地を裁断するために、必要な長さや枚数に合わせて生地を広げるための台です。」と説明いただき、そこから裁断に至るまでの全てを、細かく教えていただきました。延反のあとには、自動裁断機にマーキングされた内容通りに裁断される生地。生地のクオリティによって、生地を重ねる厚さを変えたり、自動裁断機で裁断できない生地などは、今でも手裁断をするそうです。

第5回 三重の工場へ/前編第5回 三重の工場へ/前編第5回 三重の工場へ/前編

第5回 三重の工場へ/前編第5回 三重の工場へ/前編第5回 三重の工場へ/前編

また、カッティング工場は、モノづくりのスタートというだけではなく、延反、裁断のほか、生地上りのチェックをしたり、製品の先上げチェックをする場所でもあるらしく、私たちが行ったときには、ちょうど上がってきたばかりのツイストストールのチェックをしているところでした。akkoさんは、初めて工場で見る自分のコンサートグッズに、ただただ感動し、しばらくグッズを優しく眺めていました。

第5回 三重の工場へ/前編第5回 三重の工場へ/前編第5回 三重の工場へ/前編

今回、縫製工場に行き、ミシンで縫われている現場だけを見るものだとしか思っていなかった私たちは、モノが出来るまでに沢山の工程があることが分かりました。そしてそれを知ってから、目の前にあるモノを見る目が変わりました。どんなモノ作りにも、そこに携わってくれている人がいて、伝え届けてくれる人がいて、使う人がいる。akkoさんは音楽や絵本でも伝え届ける人です。自分の目で見て、手で触れて感じた事を、ツアーグッズを手に取ってくれる皆さんにも伝え届けたい(ギフトしたい)と思ったから、こんな急がしい日々を縫ってでも、全ての打合せに参加し、モノ作りの現場に足を運ぶ時間を惜しまなかったのだと改めて感じました。

次の建物へ視察に伺うと、ここまでakkoさんと私が見たモノ作りの過程は、まだ序の口なのだと知ることになります。モノに命を吹き込む工程には、まだまだ沢山の人達が携わってくれていました。「三重の工場へ」後半に続きます。

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第6回 三重の工場へ/後編

カッティング工場の視察を終え、次にakkoさんが案内されたのは、徒歩数分の別建物にある縫製工場でした。
まずは誰もいない2Fに上がると、そこは段ボールや生地が置かれている大きなフロアでした。
実は俊介さんのお父様も、アパレルや繊維といったいわゆる「糸へん」産業に携わっており、その前身となる寝具リビングアイテムの生産を、この場所で行っていたそうです。そして、俊介さんがご自身で会社ブランドを立ち上げた際も、この場所からスタートしたのだとか。「VIRI-DARI deserta」の原点を見たような気持ちでした。

第6回 三重の工場へ/後編第6回 三重の工場へ/後編

3Fのフロアに上がると視界は一転します。たくさんのミシンと、作業にあたる多くの女性たちが黙々と仕事をこなしていました。テレビで似たような光景をみた事はありましたが、実際目の前にすると圧巻です(笑)。縫製の管理をされているスタッフさんから案内していただき、アイロン掛けを行っているセクションへ。その時は、ツアーグッズの“ツイストストール”のアイロン掛けを行っていました。アイロンなどは機械を使ってやっているのもだとばかり思っていたので、一枚一枚丁寧にアイロンをかけ、尚且つ、タグまで手作業で付けている姿を見て、akkoさんも私も正直驚きを隠せませんでした。

第6回 三重の工場へ/後編第6回 三重の工場へ/後編第6回 三重の工場へ/後編

第6回 三重の工場へ/後編第6回 三重の工場へ/後編第6回 三重の工場へ/後編

第6回 三重の工場へ/後編第6回 三重の工場へ/後編

そしてその横では、まさにその“ツイストストール”の縫製をしているラインがありました。ミシンにむかっている女の子をみて、かなり若い子だな・・・と思っていたら、こちらの工場では2年ほど前から、地元の商業高校や工業高校まで足を運び、卒業後の就職で縫製に興味があるという若い生徒を積極的に雇用する事を始めたそうです。なぜなら、国内の縫製業は、海外生産が主流となっていることで、若い人材が育たない傾向にあり、日本全体で高齢化が進む一方なのだそうです。若い人材を雇用し、育て、継承していくことで、モノづくりに携わる人を絶やさず、循環させていくという事まで考えられているとのことでした。その姿勢に対しても、一貫して国内生産にこだわる意識の高さを感じました。

次に、検品作業をされている場所へ伺いました。 ここでは、縫製工程で縫い針などが折れた際に、そのまま混入していないか?B品などがないか?それを一つ一つ、人の目で細かく確認していました。正直、気の遠くなるような作業だろうなと感じましたが、俊介さん曰く「ここは、うちの要だよ。もしここで気付けなければ、製品は世の中に出ていってしまう。それからでは手遅れで、お客様に不快な想いをさせることに繋がるし、国内で工場をやっている意味がなくなってしまう。だから、とても大切なセクションなんだよ。」と仰っていました。箱詰めされ出荷する最後工程がこの場所であり、ここでも熟練のお母さん達の丁寧なプロの仕事を拝見させていただく事ができました。

第6回 三重の工場へ/後編第6回 三重の工場へ/後編

カッティング、縫製、検品工場を視察したakkoさん。最後に、工場から車で15分ほどの場所にある本社へと移動しました。
こちらでは、実際にモノづくりに入る前の、製品サンプルが作られていました。2011年に行われた「My Little Lover Live#8 acoakko party –Little☆Prince night」でakkoさんが着用していた衣装も、こちらの場所で作られたそうです。「あの時は、akkoさんと行定さん(スタイリスト)の要望が高くて、大変だったなぁー(笑)」という裏話が俊介さんから飛び出し、「ごめんなさぁーい!!」と謝るakkoさんの姿に、スタッフの皆さんも一緒に当時を振り返って談笑していました。

この場所にも、一番はじめに見たカッティング工場にあった裁断機と似たような機械がありましたが、それの小型版でいわゆる“サンプル用”自動裁断機。工場にあったものと、容量の違いだけで内容は同じ、型紙のデータをコンピューターに取り込み、機械がその通りにカットしてくれる機械だそうです。実際にカットしている姿をお見せできないのが残念ですが、機械が精密にカットしているのを見ているだけで、「おぉー!」という声が出てしまいます(笑)それ位、私達にとってモノづくりの工程が日常的に目に触れるものでは無いということですよね。akkoさんはここでも熱心に、説明を聞き入っていました。

第6回 三重の工場へ/後編第6回 三重の工場へ/後編第6回 三重の工場へ/後編

第6回 三重の工場へ/後編第6回 三重の工場へ/後編第6回 三重の工場へ/後編

三重工場の視察はここで終了です。
この視察中にakkoさんが言った一言が、今でも心に強く残っています。
「きっとどんなものでもそうだけど、作り手の顔が少しでも想像できたなら、雑に扱ったりむやみに捨てたり出来なくなるよね。今回はいろいろ見させてもらって本当にラッキーだったし、この事をきちんと皆に伝えていかなければいけないよ、絶対に。」その言葉を発端に、今回のツアーグッズ製作の過程で見た事、感じた事を綴っていこうと、私たちは「acoakko re-create box」を立ち上げました。

もしかしたら、akkoさんが見た工程はほんの一部かもしれません。元を辿れば、更に沢山の方々が携わっているであろうことが想像できます。でも、知っているのと知らないのとでは、モノへの向き合い方は雲泥の差だと感じました。acoakkoのツアーグッズには、多くの職人さんの手のぬくもりと、それを伝えたいと想うakkoさんの気持ちがいっぱい詰め込まれています。

次回は、最終章「想い(gift)を届ける」です。

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第7回 想い(gift)を届ける

12月初旬。
ここに至るまで、akkoさんと私たちは、想いをいっぱい詰め込みながらミーティングを重ねてきました。モノ作りの現場へ足を運び、見て、感じ、学んで来たakkoさんの元へ、とうとうツアーグッズの出荷前の商品が届きました!

野田村との取り組みを実現させ、例年以上にこだわって作ってきたモノが、目の前に広げられ、akkoさんは本当に嬉しそうに、愛おしそうに手に取って眺めていました。また、色味や形を確認したり、身につけてみたりと、今までに経験したことを活かし、最後のチェックをしていました。akkoさんの心の中には、絶えずグッズを手に取ってくださる皆さまの顔があり、このときも、“会場に来てくださる皆さまのことを想い浮かべているのかな?”と思いながら、そんなakkoさんと一緒に、私たちも今回のモノづくりに携わることが出来て本当に良かったと感じました。

そしてこの日は、「acoakko re-create box」の集大成とも言える大事な日でもありました。商品を各会場に発送する前に、最後までちゃんと関わりいたとakkoさん自ら申し出があり、本来ならばスタッフで担当する「gift」の袋詰め作業をオフィスまで手伝いに来てくださっていたのです。

一つ一つ、丁寧にgiftバッグの中にリングとカードを詰めるakkoさん。

普段なら交わされない会話も、この作業中には沢山出てきました。リングをチェックしながら工房でのことを思い出し、下げ札を一枚一枚入れながら野田村のお母さんを思い出し・・・。akkoさんの“最後まで本気で向き合いたい”という想いが私たちにも伝わってきて、終始気持ちが入り、楽しく、笑いの絶えない作業となりました。

バッグを作ってくれた野田村のお母さん達、リングを作ってくださった開場さん、このプロジェクトに賛同してくださったフェリシモの児島さん、そして最初から最後までakkoさん&スタッフと二人三脚で親身になりお力添えしてくださり、形にしてくださったVIRI-DARI desertaの俊介さん。どれひとつの繫がりが欠けても、このプロジェクトは成し得ませんでした。その全てのコトを代表して想い(gift)を届けるべく、akkoさんは最後の最後まで、忙しい中だったにも関わらず参加してくださりました。「akkoからのgiftバッグ」は数量限定だったので、各会場へお届けする数も限られていましたが、何処の会場も沢山のファンの皆さまがグッズ売り場には並んでくださり、即完売状態でした。本当に、本当にありがとうございました。

そしてakkoさんがライブ中のMCでもお伝えしていたように、この売上の一部で桜の苗を購入し、giftバッグを製作してくれたお母さん達の住む、岩手県野田村に植樹をする予定です。皆さまが受け取ってくださったgift(想い)の一部が、野田村に戻っていく。始まりの場所へ返って、この繫がりが本当に輪(リング)になります。野田村への植樹は、極寒の冬を乗り越えた来春まで持ち越しとなりますが、その様子も来年になりますが、皆さまへお届けできればと思っています。

9月初旬からスタートしたツアーグッズ製作過程を、ここまでお見せしてきましたが、いかがでしたでしょうか?この記事を拝見してくださった皆さまが何かを感じ、例えばそれが日々の生活での繫がりを意識したり、目の前にあるモノに対しての価値観が変わったり、ひと呼吸おいて考えるきっかけになっていたとしたら、とても嬉しく思います。

「acoakko re-create box」に綴られてきakkoさんの「gift」、沢山届きましたでしょうか??
これからもakkoさんと、繋がりある仲間と、我々スタッフと、継続して皆さまにいろいろなことをお伝えし、まわりに“笑顔の連鎖”が起きるよう、頑張ってまいります。
グッズを手に取ってくださった皆さま、グッズ作成に関わってくださった全ての皆さま、本当にありがとうございました。

akko & マイラバチーム一同

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